4.第1章はじまりのキス 4節素敵なバーを見つけたの
帰り際、ジョンはまた明日といって、彩花をぎゅっと抱きしめた。日本では別れ際に女友達と抱き合ったりしたりすることはあるけど、やはり男の人に抱きしめられるとドキドキしてしまう。
彩花は3か月やっていけるかなあーなんて心配してたけど、ジョンのおかげで職場に行くのが本当に楽しみになっていた。でもこの時はジョンに対して特別な感情があるとかないとかそんなのは自分自身考えていなかった。
それから、ジョンはよく帰りに飲みに行く時彩花に声をかけたり、ランチも毎日一緒に食べに行ったりした。それは、特別な何かあるという感じではなくて、彩花はただのインターンだったけれど、周りはみんな同僚として接してくれ、みんなと一緒に働いているという実感ができて充実した日々だった。
「おい、なにやってんだよ、キミ。そろそろしっかりしろよ。まったく」
インターンが始まって1か月くらいたったころ、朝出勤するとジョンがボスにひどく怒られていて、びっくりしてしまった。内容はよくわからないけど、なんだか会社のフロア全体もすごく嫌な雰囲気になっていて、ジョンが隣の席に戻ってきたときも何か聞ける雰囲気じゃなかった。その日のランチにもジョンは来なくて、彩花は他のみんなとランチにでかけることになった。
「ジョンったら、また大切なクライアントを怒らせたんだってえ。まったくあの子は、何回も同じことで怒られて本当に学習しない子ねえ」
同僚のルークがそう言ってため息をついた。同僚のルークは見た目は本当にイケメンなのに生粋のゲイで、いつも社内のゴシップ情報を集めている女よりも女という感じの面白い人だ。イギリスはゲイが日本よりもかなり容認されていて、ロンドン中心部にあるソーホーという場所のパブやクラブはゲイのみ入れるお店も存在するほどだ。昼間でも街中を堂々と手をつないで歩いていることだって珍しくない。今回のジョンの件は、今まで何度も起きていることなんだという。彩花は、すごく胸が痛くなった。なぜかというと、彩花も銀行で働いていたころ、クライアントを怒らせてしまうこともちょこちょこあって、そのたびに上司に怒られ、こっそりトイレで泣いたことがあったからだ。彩花はまだ女の子でこっそりトイレで泣くことができてもジョンは男だし、そんなことはできない。ひたすらその日、そのミスを取り戻すためにポーカーフェイスでがんばらなくちゃいけない。そう考えると、彩花はジョンの代わりに泣きたくなった。
――ジョン、きっと今すごく不安な気持ちでいっぱいになってるんだろうな… …。今日は金曜日だし、帰り飲みに誘ってみよう。
「今日何時ころ仕事終わりそう? 私最近素敵なバーを見つけたの! だから今日一緒にいかない?」
「もちろん。6時半には終わると思うから、一緒に行こう」
――よかった。飲みの誘いも断るほど落ち込んでたらどうしようかと思ったけど、思ったより元気そうだ。
●目次
●『5節自分への劣等感、将来への不安』へすすむ
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最終更新日:2015/07/31